初恋のカケラ【3/13おまけ更新】
「……このお店。久しぶりに来たんだ。」
「そう、なんだ」
唐突に話し始めた坂下くん。近くのメニューボードを見るとそのまま視線を下に落とした。
何か言おうとしてるけど、言いづらいそんな様子で。
それはきっとあの事にちがいない。
それを聞きたいような、それに触れたら私はまた変な事を口走ってしまいそうで、……怖い。
「ここ、くるみがお気に入りで大学時代によく来てたんだ」
くるみという名の坂下くんの奥さん。どんな人なのかユキが教えてくれようとしていたけど、そんなこと知りたくもないから聞かずにいた。
だけど今、坂下くん本人が私に話そうとしている。奥さんとのことを。
「大学の時……」
奥さんと出会ったのが大学で、ゼミが一緒で仲良くなった事。
奥さんとの馴れ初めなんて本当は知りたくなかった。
「そう、だから久しぶり。懐かしいよ」
本当に懐かしそうに口にするけど、そんな場所に私が来てよかったんだろうか。
奥さんとの大切な想い出の場所だったんじゃないんだろうか。
「そう、なんだ」
さっきからそんな言葉しか出ない。
坂下くんが話しやすくできる方法や、いっそ話を全然変えるぐらいの力量があればもっと違うのに。
ふとそらした目線の先が、とうとう坂下くんの左手を捉えてしまった。
やっぱり、左手の薬指に指輪はない―――。