初恋のカケラ【3/13おまけ更新】
九月になっても残暑は厳しく、夜になって温度は多少下がるものの蒸し暑さだけは残ったまま。

愛羅ちゃんとの仕事の後のお茶の時間も減り、かと言って仕事の後のビールを飲むわけでもないから結局家に帰ってくる。

いや、最寄駅までは帰るのだが。
もともと料理が好きなわけでもない、暑さのせいにして面倒だと今日もここにきてしまう。

「こんばんはー」

「いらっしゃい。今日も暑かったね」

すっかり常連になってしまったこの店。今では何も言わなくても前菜とグラスワインが出てくる。
そんな私とは時間がずれるものの、相良さんも足しげく通っているらしい。
近所のお店教えるなんて言ったけど、なかなかそれもかないそうにない。

カウンターの隅の席、それが私の定位置。
本日のお勧めを見ながら本気で悩む。ちょっとずつ色々食べたいけど、こういう時に一人だとそうもいかない。

「んー、迷うなぁ」

「ゆっくり悩んでくれていいよ」

そう言いながらオーナーシェフは笑う。
アラビアータもおいしそうだし、冷製パスタも捨てがたい。

「こんばんはー」

この声は、
ジャケットを手にした相良さんが立っていた。目があったので、ペコリと頭を下げた。

「お、クルミちゃん」

私を見つけると、ニコっと笑いそのまま隣の席に来て座る。そしてカウンターの私のまだ手つかずの前菜を見て、

「今日はいいタイミング?」

今日は?
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