キャンディータフト



「皆んなと会うのも久しぶりだね。何度かこっちには来てたんだけど……。高校に入ってからは、皆んなバラバラで会えなかったし」


 隣を歩く大ちゃんをチラリと見てみると、懐かしそうな顔をして微笑んでいる。
 何度かこっちに来ていたなんて知らなかった私は、その時に会えなかった事を残念に思った。

 
(いつ来てたのかな……)


 高校に入学してからのことなら、会えなかったのも仕方のない事だ。そう自分に言い聞かせる。

 私達が生まれ育ったこの島には、学校といえば小学校と中学校しかなかった。その為、高校生になると皆んなこの島を離れて寮に入って生活をするか、一日数本しか出ていない船に乗って片道一時間半かけて通う事になる。
 そんな不便さからか益々人口は減り、ついには島に唯一あった中学校も、この夏には小学校と合併して一つになってしまうのだ。

 先程、大ちゃんがそんな話をしていた事を思い出すと、この学校がなくなってしまう事を寂しく感じる。


「皆んなに会えるの楽しみだね」

「うん」


 笑顔を向ける大ちゃんにそう返事を返すと、少し(きし)む古びた廊下を二人並んで歩いてゆく。
 チラリと隣にいる大ちゃんを盗み見てみると、だいぶ背も高くなり大人っぽくなったようだ。そんな姿を前に、何故だか急に恥ずかしくなった私は慌てて顔を俯かせた。

 昔は私とさほど変わらなかった大ちゃんの目線。こうして並んでみると、随分と変わってしまったのだと改めて気付かされる。
 可愛らしかった顔はすっかりと男の顔になり、思わず見惚れてしまうほどにカッコよく成長している。


(やっぱり、好きだな……)


 自分の気持ちを再確認した私は、火照った頬を両手で包むとこっそりと微笑んだ。

 そのまま大ちゃんと二人で校庭へと出た私は、窓から見えた大きな木に目を向けると足を止めた。
 教室からではよく見えなかった花も、こうして近くで見てみると綺麗に咲いているのが良く見える。一つ一つは小さく可愛らしい花でも、満開に咲き誇っている姿はとても立派で力強い。

 立ち止まった私に気付いた大ちゃんは、私の視線の先にある桜の木を眺めると口を開いた。


「綺麗だね。ひよと一緒に見れて良かった」

「うん、凄く綺麗。……この木、どうなっちゃうのかな?」


 取り壊しの決まっているこの学校は、来月から工事が始まると先程大ちゃんから聞かされた。
 この立派な桜の木も、一緒になくなってしまうのだろうか?


(こんなに生き生きとしてるのに……)


「大丈夫。小学校に植え替えするらしいよ」


 そう言って優しく微笑む大ちゃん。私はそんな大ちゃんに向けて小さく微笑みを返すと、再び目の前の桜の木に視線を移した。


(良かった……)


 幸福な気持ちで満たされてゆくのを感じて、私は自分の胸にそっと手を当てた。


(本当に凄く綺麗……。見れて良かった)


「お〜い! こっちこっちぃ〜!」


 突然聞こえてきたその声に視線を少し下へと移してみると、桜の木の下にいる人影がこちらに向けて手を振っている。
 その声につられるようにしてこちらを振り返った二つの人影も、私達の存在を確認すると手を振り始めた。


「皆んなが待ってる。行こうか」

「うん」


 皆んなに応えるようにして手を振り返した私達は、再び歩き始めると合流した皆んなへ向けて口を開いた。


「久しぶりだね。皆んな元気だった?」

「久しぶり。元気にしてた?」


 久しぶりに見る懐かしい顔ぶれに、私の顔は自然と(ほころ)ぶ。


「久しぶりだね」

「うん、元気だったよ。久しぶり」

「久しぶり。これで全員集まったな」


 高校生ともなるとやはり当たり前なのか、久しぶりに見る三人の姿は、私の記憶の中よりもだいぶ大人っぽく成長していた。
 昔から一番背の高かった浩ちゃんは、更に高く伸びたせいもあるのか、大ちゃんと並んでも少し大人っぽく見える。昔は私と同じくらいの背丈だっためぐちゃんと瞳ちゃんは、身長も伸びてとても綺麗になった。

 こうして大人っぽく成長した皆んなに囲まれていると、なんだか私だけ取り残されたような気分になる。
 それでも、またこうして皆んなで集まれる事を心から望んでいた私は、目の前にいる三人の顔を一人ひとり眺めると、最後に隣にいる大ちゃんを見て静かに微笑んだ。


「それじゃ、掘り起こしますか」


 シャベル片手にドヤ顔の浩ちゃんに、相変わらずだなとクスリと笑い声を漏らす。
 そのままザクザクと土を掘り始める浩ちゃん。どんどんと深くなってゆく穴の様子を眺めながら、私の胸はドキドキと高鳴っていった。

 中学校に上がる頃に、皆んなで埋めたタイムカプセル。
 当初の約束では、十年後に開けようという話だったのだけれど。四年経った今、予期せぬ事態で掘り起こす事になってしまった。

 それでも四年も前の事なので、当時の自分は何を考え何を埋めたのか、昔を懐かしく思うと同時にワクワクとしてくる。
 皆んなの様子をチラリと(うかが)ってみると、それは皆んなも同じだったようで、期待に膨らむ瞳をキラキラとさせていた。



 ────コツン



「「あっ……」」


 浩ちゃんの握っているシャベルが何かにコツンと当たり、私とめぐちゃんは思わず声を上げた。


「おっ。出てきたな」


 そう言ってシャベルを脇に置いた浩ちゃんは、その場に腰を下ろすと今度は素手で丁寧に土を掻き分けてゆく。
 土が払われ、徐々に姿を出し始めたタイムカプセル。その姿が完全に現れると、浩ちゃんの動きはピタリと止まった。


「……採掘完了」


 青い缶を片手にニカッと笑った浩ちゃんは、私達の目の前に缶を差し出すとそう告げた。
 掘り出したタイムカプセルをそっと地面の上に置くと、それを囲むようにしてその場に腰を下ろした私達。


「それじゃあ、開けるね」


 青い缶に手を掛けた瞳ちゃんが、言いながら小さくコクリと唾を飲み込んだ。



 ────パカッ



 蓋の空いた缶の中を覗き込むと、そこには色々な物が入っていた。
 それを思い思いに取り上げると、「懐かしいね」なんて言いながら昔を思い出す。


(私は一体、何を入れたんだろう……?)


 そう思っていると、めぐちゃんがピンク色の封筒を取り上げた。


「これ、誰のかな?」


 そう言いながら裏を返すと、【日和(ひより)】と名前が書かれている。私の字だ。
 徐々に蘇ってくる記憶──。


「開けてもいい……?」


 そう訊ねるめぐちゃんの声を聞きながら、私は皆んなに宛てて手紙を書いた事を思い出した。
 私がコクリと小さく頷くと、それを見ていた大ちゃんが優しく微笑みながら口を開いた。


「うん。開けてみようよ」


 ピンク色の封筒から更に小さな封筒を取り出すと、それをジッと見つめるめぐちゃん。


「これ……読んでいいの?」


 そう告げためぐちゃんの手元にある手紙には、私の字で【みんなへ】と書かれている。


「【みんなへ】って書いてあるから……大丈夫だよ、ね?」


 そんな瞳ちゃんの声に、私は笑顔で返事を返した。


「うん。読んでいいよ」


 目の前で読まれるのは少し恥ずかしい気もするけど、皆んなへ宛てて書いた手紙だ。だから皆んなに聞いてもらいたい。


「めぐ、読んでよ」


 そんな浩ちゃんの言葉を受けて、手元の手紙を丁寧に開いてゆくめぐちゃん。
 カサリと小さな音を立てた手紙は、めぐちゃんの声によって静かに読み上げられてゆく──。

 そこには、書いた本人でさえ忘れていた過去の私の気持ちが綴られていた。


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