キミのことは好きじゃない。
着信の履歴に並ぶ颯斗の名前の間に違う名前を見つけてハッとした。
山中 珠子(やまなか たまこ)、高校時代から付き合いのある友人の1人で、たまに飲みに行くこともある。
全ての着信を確認していたつもりだったのに見落としてしまっていた。
「あの、ちょっと外回り行ってきます」
湯山さんに声を掛けてデスクを離れた。
大学卒業前進路に迷っていた時、当時付き合っていた彼に紹介してもらった出版社。
本を読むことが好きだった私に丁度いい職場だと思ったし、他に目指す会社もなかったから面接後あっさり採用されて就職を決めた。
いろんな作家さんと出会い、本の製本、販売にまで関われることが楽しくて仕方なかった。
同じ大学で理学部だった颯斗は、薬品会社の研究員として大手への就職が決まり、毎日が研究、研究で寝る間もないくらい忙しいことに比べたら、寝る間こそ削られるけど過酷だとはあまり感じていない。
好きなものだから、その大変ささえ私にとっては充実感を感じている。
こうして外回りと称して仕事を抜けられるのも、助かるし……。