眠り姫は夜を彷徨う
その晩…。

紅葉は、いつも通り母親が仕事に行くのを玄関まで見送ると、一人風呂を済ませ二階の自分の部屋へと上がった。その頃には、時刻は八時半を回っていた。


(はぁ…また、夜が来ちゃったな)

紅葉はベッドへと腰掛けると小さく溜息を吐いた。

昨夜徹夜をして一日何とか過ごしたものの、既に限界だった。昼間、授業中何度眠気に襲われたことか。

(でも、眠りたくない…)

持病に関しては自分で向き合うしかない。頭では分かっているけれど、どう対策をして良いか分からないのだ。

(眠ってしまえば、また私は夜の街を出歩くんだろうか…)

本当は嫌だ。静かに布団の中で朝まで眠っていたい。誰にも迷惑を掛けず、何に干渉することもなく、一人静かに。

でも、自分の中の『何か』が、また行動を起こさせるのだろう。

(自分のことなのに抑えがきかないなんて…情けないよ)

強い意志を持てば、止められるのだろうか。そう考えて。すぐに自ら打ち消すように頭を振った。


「そんな簡単なら、とっくに治ってるっ!」


紅葉は突然、思い立ったように勢いよく立ち上がると、勉強机の椅子を抱えて運び出し、部屋の入口の前へと置いた。他にも持ち運べる比較的大きな物を同様にドアの前へと次々運んでいく。

暫く一人でガタガタと物音を立てて作業に没頭していたが、もう置く物がなくなり、紅葉はドアの前から数歩後退った。

そこには、即席のバリケード的なものが出来上がっていた。

普通は外からの侵入を拒む為にバリケードを作るのに、自分の足止めの為だなんて可笑しな話だけれど。
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