眠り姫は夜を彷徨う
「おいおい、正気かよっ!?」

寸でのところで振り回される鉄パイプから逃れ、距離を取る。

流石に武器対素手では力の差は歴然だ。それに、下手をすれば死人が出かねない。

(シャレになんねぇっての!)

そこまでの覚悟がお前らにあるのかと問えば、きっとないと答えるに違いない。奴らは、ただ頭に血が上り、後先考えず強硬手段に出たに過ぎないのだ。それが、即犯罪へと繋がる危険な賭けだとも気付かずに。

(こういう狂った奴らがいるから、いつまで経っても街が良くならねぇんだよっ)

ヤクザの家系であるオレが言うのも何だが。


その時。ふと流した視線の先、仲間の一人が相手と掴み合ってる後方から別の奴に狙われていることに気付いた。その手には何と刃物が握られている。

「おい、畑中っ!後ろっ!!」

慌てて声を掛けるが間に合わない。勢いよく振り下ろされる、それ。



「やめろーーっ!!」



桐生が叫んだ、その時だった。



「うあっ!」

男の呻きとともに、バシッと強い音がしたかと思うと、カラン…と刃物が路上へと転がっていく。


「……っ!!」


そこには、既に見慣れた後ろ姿。

白くはためくシャツに身を包んだ、長い髪の少女が立っていた。

「お前…っ…」

桐生は驚きに目を見張った。まさか、こんな場面で彼女が現れるとは思ってもみなかったのだ。

突然の思わぬ乱入者の登場に。その場にいた全員が、まるで時を止めてしまったかのように驚き、固まっていた。

今までの乱闘が嘘のように静寂に包まれる中、この場にそぐわない澄んだ小さな声が聞こえて来る。


「…卑怯な真似は嫌い。平気な顔して人を傷つける人は、もっと嫌い…」


それが、初めて聞いた掃除屋の声、だった。
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