眠り姫は夜を彷徨う
「私が…。掃除屋…」

掃除屋と呼ばれている人物の噂話は、何度か紅葉も耳にしたことがあった。だが、その巷の有名人がまさか自分のことだったなんて夢にも思ったことなどなかった。

確かに、ただ出歩いてるだけではないとは思っていた。怪我の具合や夢見から、暴れているのも何となく予感はしていたけれど。

(でも、そんな大胆な行動を起こしていたなんて…)

信じられなかった。

自分のことなのに自分が解らない。


(怖い…)


紅葉は、ぶるりと震える自らの両腕を抱きしめた。

「紅葉…」

圭が隣から心配気な視線を送る。

桐生はそんな二人を見つめながら言葉を続けた。

「お前自身、自覚とかはなかったのか?流石に眠っている時のことは覚えてないのかも知れねぇが、その行動に至ったキッカケくらいは何か自分でも分かってたりするんじゃねぇのか?」

「きっかけ…ですか?」

桐生さんには今回、すごく迷惑を掛けてしまったから。自分の分かっていることは何でも包み隠さず答えたいと思っていた。

(だけど…。私が一番、何も知らないのかも知れない…)


何で駅前まで足を延ばすようになったのか?

どうして夜の街に溜まる『悪』を殲滅しようとしたのか?


「最近は目が覚めると怪我が絶えなくて…。流石におかしいなっていうのは感じてたんですけど。でも、まさか…敢えて溜まっている不良の人たちを煽って向かってくる人たちだけをやっつけるとか、そんなことを自分がしてるなんて思ってもみなかったです。でも…」

左手に巻かれた包帯をぼんやりと見つめながら、不意に紅葉の瞳が僅かに曇る。

「でも…?」
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