眠り姫は夜を彷徨う
「そうかっ。普段と夜とのギャップがあれば良いんだ」

「…ギャップ?」

突然声を上げた僕を紅葉が不思議そうな顔で見つめて来る。

「ね、紅葉。僕は紅葉のことを良く知ってるし、この前は丁度家から出て行くところを見たからあれが紅葉本人だと直ぐに分かったけど、普段はそうやって髪を結んでいるし、その姿しか知らない人はパッと見ただけでは判らないかも知れないよ」

「えっ?そう、かな…?髪型だけで、そんなに違うもの?」

「うん。雰囲気は随分と違うよ。だからね、そんな風に普段と眠っている時とに違いを出せばいいんだよ」

「違いを…?」

そうは言っても、夜眠っていて勝手に起き出す時に自分の身なりをどうこうすることは不可能だろうから、普段の方を変えていけば尚更バレにくくなる。と、僕と紅葉の中では結論付けたのだった。


その頃からだ。紅葉が眼鏡を掛けるようになったのは。


ある意味、単純な…稚拙な案ではある。

でも当時、僕らはまだ小学生で。出来ることといったらその位のことしか思い浮かばなかったのだ。

それが丁度、卒業を控えた冬の終わり頃の話だ。


でも、自分的には紅葉が素顔を隠すように眼鏡を掛けるようになったことは内心嬉しい出来事でもあった。

当時、同級生の男子の中で紅葉のことを「可愛い」と気に掛けているマセた奴等が数人いたのだ。

眼鏡を掛けることで紅葉自身が何ら変わることはないけれど、周囲の見る目や印象は随分と変わったようだった。

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