眠り姫は夜を彷徨う
「本当はね…。もう、こんな風に圭ちゃんと話すことも出来なくなっちゃったと思ってたの」

「それはまた、どうして?」

少なからず思い当たる節はある筈なのに、圭は変わらず穏やかに聞き返してくる。

「だって…。私、こないだ圭ちゃんに酷いこと言ったでしょう?あの朝、圭ちゃんは私のこと心配して待っててくれたのにっ…」

あの時のことを思い出すだけで自分の身勝手さに無性に泣きそうになって、紅葉は鼻の奥がツンとなった。

「何か一人で自棄になってたの。本当にごめんなさいっ」

そうして、たまらなくなってペコリと再び頭を下げる。

すると、少しの間の後。

「いったい、何回謝れば気が済むのかな?紅葉は…」

と、小さく笑う声が頭上から聞こえてきた。そして、

「いい加減、謝り通しはもう終わりにしよう。ほら、顔上げて」

そう、優しく促される。

(圭ちゃん…)

その優しさに、思わず滲んだ涙が一粒こぼれ落ちた。


圭は自転車を支えながらも紅葉側の片手だけをそっと伸ばすと、優しく慰めるようにその背をトントン…と軽く叩いた。それに応えるように紅葉がゆっくりと顔を上げる。

「だって…」

泣くのを必死に我慢している紅葉の目元に光る雫を見つけると、圭は目を細め、再びゆっくりと手を伸ばすとそれをそっと指で拭った。そして、困ったように眉を下げて微笑む。

「確かにね。こないだの朝のは、ちょっとショックだったかな。紅葉にあんなに拒絶されたの初めてだったし。でも、それ位でどうにかなっちゃうような仲じゃないと、僕は勝手に思っていたんだけど…」

「圭ちゃん…」
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