眠り姫は夜を彷徨う
今までだってそうだった。いつだって圭ちゃんの声だけが眠っている私の意識の中へと届き、私を導いてくれるのだ。

(他の人じゃ駄目なんだ。圭ちゃんじゃなきゃ…)

それは無意識下であっても、私の中では確定事項だから。


「圭ちゃんっ」


紅葉は再び足を止めると前を歩く圭を呼び止めた。圭は歩みを進めながらも顔だけゆっくりとこちらを振り返る。

「私だって嬉しかったよ、圭ちゃんが来てくれて…」

正直な気持ちを表すように笑顔を向けると、圭が僅かに驚いたような瞳をしながら再び足を止めた。

「圭ちゃんが来てくれなかったら私…きっとあの後、桐生さんたちにもっと迷惑掛けちゃってた。昨日から沢山お世話になったのに、うっかり暴れたりしないで本当に良かったって思ってる。それは全部、圭ちゃんのおかげだよっ」

「紅葉…」

「圭ちゃんは私にとって、いつだって特別な人だよ。眠りながら彷徨う中でも圭ちゃんの声だけは聞こえるの。圭ちゃんだけが、私自身を繋ぎ止めて現実に引き戻してくれるんだよ」

これは、本当はただの甘えかも知れない。自分なんかを心配してくれる、心優しい圭ちゃんの気持ちに甘えているだけなのかも。

それでも…。

申し訳なさはどうしても消えないけれど、その気持ちが嬉しいから。いつだって、私は圭ちゃんに救われているから。

素直な気持ちを伝えたい。心からの感謝の気持ちを。

「ありがとう、圭ちゃん。いつだって、私は圭ちゃんの優しさに救われて来たよ。圭ちゃんの…一番にはなれなかったけど、今の私にとっては圭ちゃんが『特別』で一番大切だから…。全部をなかったことにして「放っておいて」なんて欲しくないよ」


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