眠り姫は夜を彷徨う

緩やかにそよぐ風に紅葉の長い髪がサラサラと揺れる。艶やかな黒髪が陽の光に反射して綺麗だなと圭は素直に思った。

眼鏡を掛けていない素のままの紅葉が、昔と変わらぬ笑顔でこちらを見ていた。


僕はこの笑顔が大好きだった。

この紅葉の無垢な笑顔をいつだって守りたいと、そう思っていた。

この笑顔を守ることが出来るのなら、自分以外の誰かの手を借りることも厭わない。紅葉の手を取り導くのが自分でなくとも構わない。そんなことさえ思っていた。

でも、本当は違う。これはただのタテマエだ。

今朝、立花さんから突然連絡を受けて、紅葉が桐生さんの家に居ることを聞いた時、僕の中には今までにない程の嫉妬の炎が燃え上がったのが自分でも分かった。携帯を手にしたまま固まる僕を見て、当時一緒に紅葉を捜し歩いていた紅葉のお母さんに心配されてしまう程、その時の自分の表情は酷いものだったのだろう。

学校でも何度か紅葉と桐生さんが話しているのを見掛けていて、複雑な感情を抱いていたのは事実だった。でも、その気持ちに気付かぬ振りをしていた。そんなことで心を乱す自分があまりに小さく見えて嫌だったから。

でも、今日実際に面と向かって話した桐生さんは、見た目の怖さとは裏腹に本当に良い人で。紅葉のことを凄く親身になって考えてくれている人だと知った。

『敵わない』と思う反面。紅葉が自分の声で目を覚ましてくれたことだけは自分の今までの紅葉との長い繋がりが今でも生きていることを感じさせてくれるようで嬉しかったのだけれど。でも、それさえも微々たるものなのかも知れないと心の何処かで冷めた自分がいたのも事実だった。
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