眠り姫は夜を彷徨う
「僕よりもその誰かの方が信頼出来るっていうのなら、それこそ仕方ないけど…」

こんな言い方は、狡いし見苦しいとは思う。でも、止められなかった。

何故、関係のない第三者に自分たちのことで余計なことを吹き込まれなければならないのか。訳が分からない。

自分たちは、今までの長い付き合いの中でも喧嘩は勿論、意見が対立することなど殆どなかったのだ。それなのに、第三者の心無い一言なんかで自分たちの関係が崩されるなんて正直たまったものではない。

その『誰か』に対しての怒りが湧く中、紅葉には自分のことを信じて欲しくて、圭は気持ちを込めるように視線を向けた。

すると、紅葉は長い髪を揺らして首をふるふると横に振った。

「もちろん信じる…。信じてるよ、圭ちゃんのこと」

「紅葉…」

ふわり…と浮かべた紅葉の笑顔が嬉しくて、つられるように頬を緩ませたその時だった。



「本宮くん!こんなところに居たのねっ」



二人の前方の小さな交差点の角から、見知った人物が顔を出した。

「もうっ!朝から何度も連絡入れてるのに全然繋がらないんだもん。本宮くん、酷いよっ。メッセージ送っても全然既読にさえならないしっ。いったい何処で何をやってたの?」

そう言って不機嫌さを隠すことなく頬を膨らませて近付いて来る。

「磯山さん…」

圭は困ったように眉を下げた。今朝は紅葉のことでバタバタしていて、彼女のことなど頭からすっかり抜けていたのは事実だった。だが、特に今日彼女と約束等をした覚えはなかった筈だが。

記憶を手繰る圭の元へと近付いてきた香帆は、隣にいるのが紅葉だと認識した途端に目を見張ると、嫌な顔を浮かべた。
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