眠り姫は夜を彷徨う
そうして皆が集まっているゴール前へと戻りながらも、桐生は先程見た少女のことを思い返していた。


完全に後ろを向いていたから顔は見えなかった。

(だが、髪が長かったな)

髪を二つに結わいていたのだけは覚えている。屈み込んだ時に、その結わいた髪だけがふわりと大きく揺れて浮き上がるのがスローモーションのように見えたから。

でも、印象に残っているのは本当にそれくらいのものだ。

(せめて上履きが見えていれば学年くらいは判っただろうが…)

この学校の上履きは学年別に色分けされている為、その色を見れば直ぐに判別できるのだ。

とは言っても流石に咄嗟に足元を見る余裕など、あの時はなかったが。

(…何にしても、相当な反射神経の持ち主だよな。どこかの運動部にでも所属していたりするのか?)

特別瞬発力に優れていようが何だろうが、別に自分には全く関係のないことなのだが。

下手に顔が見えなかった分、余計に目に映ったその衝撃は大きく。

その後ろ姿が脳裏に鮮明に焼き付いていて、何故だか気になって仕方がない桐生であった。





その日の昼休み。

「ちーッス」

「あら、桐生くん。こんにちは」

桐生は慣れた様子で保健室のドアをくぐった。養護教諭ともすっかり顔見知りだ。

「せんせー、ベッド借りるぜ。少し寝かして…。眠ぃ…」

「まーたお昼寝?ちゃんと五時限目の授業までには教室に戻るのよ?」

仕方ないといった様子で苦笑を浮かべる教師に桐生は「へーい」とだけ返事をして、勝手知ったるようにベッドへ向かった。

…が、そこで慌てて教師が止めに入る。

「あっ!待って。そっちのベッドには今っ」
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