眠り姫は夜を彷徨う
その後、彼女は保健室を出ようと扉へ向かったところで突然「あ」と小さく声を上げると慌てて再び戻って来た。

そして、先程横になっていたベッドの傍へと歩み寄ると何かを手に取る。

(忘れ物か何かか…?)

その様子をずっと眺めていたオレは次の瞬間、思いっきり面食らった。

「これでよし」

満足げに振り返った彼女は、そのまま「失礼しました」と保健室を後にする。

その扉がガラガラと閉まる音でやっと我に返った。


(な…何だ、今のは…)


それは衝撃だった。

第一印象は、思わず見とれてしまう程の綺麗な寝顔。

目覚めても寝顔に負けず劣らず可愛くて。

真っ直ぐに向けられる大きく澄んだ瞳に、ちょっと良いなと思っていたのは確かだ。

彼女の上履きのラインの色は一年生の赤だった。

だから「今年の一年には、こんな子がいたのか…」と少し心踊る気持ちでいたのに。


(だが、あれは…)


保健室を後にする時の彼女の印象は最初のそれとは、まるで違ったものになっていた。

慌てて掛けられたのは分厚い眼鏡。

髪型と相まって、もろに典型的な地味な女学生の佇まいだった。

ある意味、自分が一番敬遠するタイプ。


(いや、敬遠とかそういうレベルじゃねぇよ。イマドキ、あんな…)


センスを疑うというか。

実際、あんな子を他所で見掛けた所で、きっと自分の中には何も印象に残ることはないだろうし、ヘタすりゃ視界にさえ入らない類の人種かも知れない。

人は見かけではない。綺麗ごとでは確かにそうだ。

だが印象は大事だ。異性なら尚更だろう。


いや、そんなことより何より…。

(もったいねぇ…)

彼女の場合は、その一言に尽きると思った。
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