眠り姫は夜を彷徨う
「やっぱり、さっきのアレはわざとだよっ」

「えっ?さっきのアレ…って?」


体育の授業が終わり、更衣室で着替えていると横からタカちゃんが少し怒った調子で声をかけて来た。

「ボールだよ、ボール!紅葉の後ろから飛んで来た」

「ああ」

確かにあれには驚いた。みんなが声を掛けてくれなかったら後頭部にかなりの勢いで激突していたに違いない。今になって考えてみるとちょっと怖い。

「あんな角度で飛んでくるのは、いくら何でもおかしいって。あのコ絶対紅葉のこと狙って投げたに違いないよっ」

「ちょっ…タカちゃん、声が大きいよっ」

周囲に聞こえてしまいそうで慌ててタカちゃんの口元を押さえ込んだ。

「もし違かったら悪いしっ」

両手で押さえ込んでいたら苦しくなったのか「ギブギブ」とタカちゃんが手で訴えて来た。あ、やりすぎた。

慌てて手を外すとタカちゃんが大きく深呼吸をしてワザとらしく肩を落としてみせる。

「はぁ…。紅葉…アンタ相変わらずの馬鹿力ね…。ホント、そーいうタイプに見えないのに…」

「ううぅ…ごめんね、タカちゃん」

でもタカちゃんは口で言ってるだけなので、次の拍子にはケロっとした様子で体操服を脱ぎにかかった。

「ま、何にしてもあんな球、アンタが食らわなくて良かったよ」

服の中でくぐもった優しい声が聞こえて来る。

「うん。ありがと…」

心配してくれてるのが見て取れて、素直に嬉しさで頬が温かくなる。

「でも、じゃあ…さっきの子が今朝言ってた…」

タカちゃんにだけ聞こえるような声で呟けば、タカちゃんは普通の声で「その通り」と声を上げた。

「あの子が…」


『敵に回すと厄介な圭ちゃんのことを好きな女の子』かぁ。
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