眠り姫は夜を彷徨う
「そ。あのコが今、本宮くんに猛烈アピール中の性悪女。磯山香帆(いそやま かほ)その人よっ」

「タカちゃん…」

声が大きいよ、と慌てて「シーッ」と唇の前に人差しを押し当てた。でも、タカちゃんは全く気にせぬ素振りで肩をすくめて見せる。

「別に聞こえても構わないわよ。私、あのコのこと好きじゃないもの」

と本音を隠すことなく言いきった。

(タカちゃんのそういうとこ、凄いなぁって思うけど…)

別に嫌いな者は全て敵…と割り切りたい訳ではないけれど、嫌なことを嫌だと言える部分は自分にはないもので。

そういう意思の強さや潔さみたいなものを持っているタカちゃんには、いつだって尊敬や憧れのようなものを少なからず抱いてしまう。

(それでも、やっぱりみんなが仲良くいられる方が良いけど…)

それこそ、己の知らぬところで他人に恨まれ(うと)まれ攻撃を受けるなんてことは正直精神的にはキツイ。実際には、こちらにそんなことをされるいわれはないのだけれど。

(もしも本当にあのボールが狙って投げられたものだとしたら…)

怒りよりは悲しみ、ショックの方がどうしても大きいのだ。


制服に着替え終わり脱いだ体操服を畳んでいると、

「あっ!次の時間、英語だよねっ?私、辞書忘れちゃったんだっ。借りに行かなくちゃだから紅葉、先行ってるねっ」

「はーい」

バタバタと荷物を抱えて更衣室を後にするタカちゃんを見送り、体操服をバッグへとしまうと、少しほつれてしまった三つ編みを直していた。

すると、周囲には殆ど人がいなくなってしまった。
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