眠り姫は夜を彷徨う
(紅葉が…。まさか、こんな…)


自分は夢でも見ているのだろうか?

そんな思考がただの現実逃避でしかないと頭では解っていながらも、やはりにわかには信じがたい光景に己の目を疑うしかない。

だって、あの紅葉が…。

あの、普段は大人しくて平和主義で、人一倍心優しい紅葉が。

如何にも喧嘩慣れしたような集団の男たちを容赦なく次々と伸していくのだ。

(…信じられるか?)

あの華奢な身体のどこにそんなパワーがあるというのか。

何より、いつのまにそんな格闘術を身につけたのか。

(…っていうか、あれで本当に眠ってるっていうのかっ?)

それが何より驚きでしかない。

流石に『夢遊病』で片付けるのは無理があるのではないだろうか?

そこまで考えて。

やっと、現実に戻って来た思考を何とか働かせる。


(そうだ。今はとにかく紅葉を無事家まで連れ帰る。他のことは、それからだっ)


少し頭が冷静になってきて周囲にも目を配れるようになると、自分以外にもその乱闘を物陰から傍観している人物がいることに気が付いた。

この辺りは細い道がまるで網目のように交差しているのだが、圭が身を潜めている角よりも紅葉がいる場所により近い交差点。その対面側の建物の陰に二人の人物がいるのが見える。だが…。

(あれは…)

その人物の顔には見覚えがあった。

以前、紅葉が挨拶を交わしていた同じ高校の、確か桐生という名の先輩だ。

部活動や委員会などに属していない紅葉に上級生との接点など殆どない筈なのに、休み時間や放課後などにも親しそうに話しているのを何度か見掛けたことがある。
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