眠り姫は夜を彷徨う
そのまま走っていれば、きっと追いつくことが出来た筈だ。それくらい自分の足にはそれなりに自信があるし、流石にそこらの女に負ける気はしない。だが…。

(あの身の軽さ…。ハンパねぇな)

ちょっとした塀や障害物など、物ともせずに越えていくその身体能力は大したものだ。

(結局、話をつけるどころか顔さえ拝むことが出来ず上手く撒かれちまったってか。あとは立花だが…。どうだかな…)

上手く写真くらいは撮っていてくれてるといいが…と、何の収穫もない自分のことを棚に上げて調子の良いことを考える。だが、いつもこちらが思っている以上の働きをしてくれるのが立花という男なのだ。勝手に期待するくらいは良いだろう。

(ま、このままじゃあいつに合わす顔がねぇしな。もう少しこの辺りを探ってみるか)

桐生は一つ溜息を吐くと、再び走り出した。





圭は細い路地をゆっくりと自転車で流していた。

逃げた紅葉がどちらへ行ったのか確かなことは何も分からないが、全ては自分の勘に頼るのみだと圭は思っていた。

子どもの頃、母親の知らぬところで紅葉が夜、家を出てしまっているという事実が初めて明らかになった時、紅葉の母と探しに出た先で彼女の姿を見つけたのは、実は圭だった。

防犯パトロールの大人たちに追われて逃げ回っていた時も、逃げおおせた先でひとり佇む紅葉を見つけたのは自分だった。

確かなものは何もないのだが、自分には紅葉を見つけられるという自信が少なからずある。まるでセンサーが働くように。

以前、紅葉にそれを言ったら「じゃあかくれんぼはもう出来ないね」と、クスクス笑われてしまったけれど。
< 74 / 186 >

この作品をシェア

pagetop