眠り姫は夜を彷徨う
それぐらい紅葉のことが分かる存在でいたい。自分が一番の理解者でありたい。いつだって、そう思っていた。でも…。

(現実は、そう上手くはいかない、か…)

それらしい姿を見つけられない。紅葉を追い掛けているあの人たちの姿さえも。

人通りのない薄暗い裏通りを走り抜け、もう少しで再び大通りへと出ようという所まで来た圭は、半ば諦めながらも今度は家までの道のりを探してみようかなどと考えを巡らせていた。

その時。不意に前方の物陰に人らしき姿が揺らめいたのが見えた。その人物は、ふらふらと壁に寄り掛かると、まるで身を隠すように動きを止めた。

既に遅い時刻だ。こんな場所をうろついている者と言えば、酔っ払いやホームレス、それ以外にも危険を孕む人物たちは多く存在する。

圭は警戒を強めながらも、もしかしたら紅葉の可能性もあると、さり気なくその人物を視界の端に入れながら、ゆっくりその横を通り過ぎようとした。

が、次の瞬間。即座にブレーキを握る。


「…っ!もみじ!?」


何と、そこにいたのは紅葉本人だったのだ。

物陰で息を潜めるように。だが、走って逃げて来た為か僅かに肩で息をしている。

「紅葉っ…大丈夫?」

慌てて自転車を降りると声を掛けながらも周囲の気配を探る。近くまで、あの人たちも来ているかも知れないからだ。だが、特に他に人の気配はなく、静かに夜風が二人の横を吹き抜けてゆくだけだった。

紅葉は普段の柔らかな表情とは違い無表情で、その虚ろな瞳が自分を捉えることはない。だが、紅葉が眠りながら出歩くときはいつもそうだった。
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