眠り姫は夜を彷徨う
反応はないが一応声も聞こえてはいるらしい。ちゃんと圭の声も判ってくれているようで、前に探しに行った時も圭が声を掛ければ紅葉は無表情ながらも素直について来た。

後日、起きている紅葉にそのことを話したら、

「圭ちゃんの声は特別なんだよ。寝ていたって圭ちゃんの声だけは聞き分けられる自信あるもん」

覚えてないけどね、そう言って紅葉は笑った。


だから、息を整えながらその場に佇んでいる紅葉に、圭は普通に声を掛けた。

「紅葉、乗って。僕の自転車の後ろにっ。早くっ」

こうしている間にもあの人たちが、こちらへ向かってるかも知れない。早くこの場を立ち去った方が良い。

すると、表情は硬いままだが紅葉がのっそりと動きだした。慌てて圭が自転車に跨ると、紅葉もゆっくりとした動きで身体を横向きにして荷台に座る。

きちんと乗れたことを確認すると、紅葉の腕をしっかり自分の腰部分へと回させる。

「行くよ、紅葉っ。落ちないようにしっかり掴まって」

そう声を掛けると紅葉が服を掴む手に力を込めたことが分かった。

「うん、行くよっ」

圭は小さく頷くとペダルに足を掛けた。





桐生と別行動で掃除屋を追い掛けていた立花は大通りを歩いていた。

桐生たちの思いのほか早いペースに上手く回り込むのは流石に無理だと考えを改め、入り組んだ網目のような通りから一旦広い通りへと出たのだ。

細い通りから出て来た掃除屋を見つけられればラッキーくらいに考えていたのだが。

(あれは…)

通りの向こうに自転車を二人乗りしている男女が目に入った。それは、どこにでもある普通の光景ではあるが、咄嗟に立花はスマホを取り出すと、すぐさまカメラを立ち上げてシャッターを押した。
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