眠り姫は夜を彷徨う


ふわふわ、そよそよ。

何処からか流れてくる風に吹かれている。


緩やかな風に下ろした髪と服の裾がなびく。涼しいというよりは少し冷たくて肌寒いくらいだった。

僅かに身震いをしたところで、不意に手に伝わる温かな存在があることに気付く。

傍に在る優しいぬくもり。それは自分が良く知っている背中だった。

そこにそっと身を寄せると、その主が驚いたように身動(みじろ)ぎしたのが分かった。それでも特にその行動を咎めることもなく好きにさせてくれる。


自分は、この背中が好きだ。

男の子のわりに線は細めだけれど、自分とは違う逞しい背中。昔はそう変わらなかったのに、いつの間にか大きくなっていた。気付けば、その背中に支えられることも多くなった。


圭ちゃん…。


傍にいてくれるだけでいつだって安心する、心を落ち着かせてくれる存在。



「紅葉…」



自分を呼ぶ、その少し甘い声も。

本当は他の誰に呼ばれるのとも違うのに。

自分にとっては大切で、特別なのに…。


『もう小さな子どもじゃないんだからさ、そういうの止めたら?昔からの腐れ縁に付き合わされる本宮くんの身にもなってみなよ』


…そうだ。

ダメなんだ…。


この温かさに手を伸ばしたら。

その背中に縋ってしまったら…。



「紅葉?…着いたよ」



圭ちゃんの声が聞こえる。


「…だ、め…」

「え?…紅葉?」


だって、私…。これ以上、圭ちゃんに嫌われたくない!!


「ご、め…なさ…」

「紅葉…?目が覚めたの?」


家の前へと辿り着き、後ろに座る紅葉に圭がそっと声を掛けると、今まで虚ろに何処かを見つめていたその瞳が不意に揺れた。
< 78 / 186 >

この作品をシェア

pagetop