眠り姫は夜を彷徨う
ふわふわ、そよそよ。
何処からか流れてくる風に吹かれている。
緩やかな風に下ろした髪と服の裾がなびく。涼しいというよりは少し冷たくて肌寒いくらいだった。
僅かに身震いをしたところで、不意に手に伝わる温かな存在があることに気付く。
傍に在る優しいぬくもり。それは自分が良く知っている背中だった。
そこにそっと身を寄せると、その主が驚いたように身動ぎしたのが分かった。それでも特にその行動を咎めることもなく好きにさせてくれる。
自分は、この背中が好きだ。
男の子のわりに線は細めだけれど、自分とは違う逞しい背中。昔はそう変わらなかったのに、いつの間にか大きくなっていた。気付けば、その背中に支えられることも多くなった。
圭ちゃん…。
傍にいてくれるだけでいつだって安心する、心を落ち着かせてくれる存在。
「紅葉…」
自分を呼ぶ、その少し甘い声も。
本当は他の誰に呼ばれるのとも違うのに。
自分にとっては大切で、特別なのに…。
『もう小さな子どもじゃないんだからさ、そういうの止めたら?昔からの腐れ縁に付き合わされる本宮くんの身にもなってみなよ』
…そうだ。
ダメなんだ…。
この温かさに手を伸ばしたら。
その背中に縋ってしまったら…。
「紅葉?…着いたよ」
圭ちゃんの声が聞こえる。
「…だ、め…」
「え?…紅葉?」
だって、私…。これ以上、圭ちゃんに嫌われたくない!!
「ご、め…なさ…」
「紅葉…?目が覚めたの?」
家の前へと辿り着き、後ろに座る紅葉に圭がそっと声を掛けると、今まで虚ろに何処かを見つめていたその瞳が不意に揺れた。