眠り姫は夜を彷徨う
その時、ふと彼の視線がこちらへ向いた。途端に目が合い、はっ…として逸らされる瞳。その逸らされる瞬間にペコリ…と小さく会釈を返してくる辺りは彼の誠実さや人の良さが出ているのだろう。

それからは、まるで取り繕うように隣の女の子に笑顔を向けて話し始める。もう、こちらを見向きもしない。

(…完全に意識されてるなァ。でも…)

先程までの、あの瞳。あれは何を意味するのか。

(なかなか興味深いね…)

立花はひとり、口の端を上げた。





「本宮くん。…どうかした?」

「えっ?あっごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」

圭は慌てて笑顔を返す。

いつも通り、通学途中で出会ったクラスメイトたちと合流して、とりとめのない話をしながら歩いていると、気付けば目の前に紅葉がいて。また、あの桐生っていう先輩と一緒に肩を並べて歩いていたものだから。

…気にならない筈がなかった。

(紅葉、今日は先に出てたんだ…)

あれからずっと。登校時間を変えたのか、朝紅葉と一緒になることはなく、自分よりも先に学校へ着いている時もあれば後から来ている時もある。だが、どちらにしろ意図的に時間をずらされていることだけは明らかだった。


夜、駅前で紅葉を拾って帰ってきた日の翌朝。

圭は普段より早めに家を出て、紅葉の家から死角となる場所に身を潜めていた。紅葉と話をする為だった。隠れたのは自分がそこにいると分かると紅葉が出て来ないと思ったから。

実際はどう思ったか知らないが、いつも一緒に家を出ていた時刻より少し遅めに紅葉は出てきた。その足取りは重く、どこか疲れた様子だった。
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