星を泳ぐ
「可哀想だね」
「織姫と、彦星?」
「だって年に一度だけだよ?織姫さぁ、きっとめちゃくちゃ気合入れてたよ。美容院行ってトリートメントとかしてもらってたよ」
「彦星だって新しいジャケット買ってたかもしれないよ」
「夏なのに?」
「夏なのに」
くすくす笑う君につられて、僕も笑った。天気予報通りに曇り切った空には、きっと朝までこのまま、橋はかからない。
「年に一度って、いじわるだよね」
「もう少し会わせてあげてもいいよね」
「んー、そうだけど。でも、いっそのこと二度と会えなくなっちゃえばさ、きっと諦められると思うんだよねぇ」
“忘れさせないためのたった一日なんて、なんだかすっごく、いじわるだよね”
いつものように軽い調子で吐かれた言葉が嫌に空に響いて、鼻の奥がつんとした。そっと隣を見ると、不意に君と目が合った。
年に一度だけ、空の真ん中に浮かぶ星の川に、心優しい鳥が橋をかけて、二人は逢うことが出来るのだそうだ。
「……雲の裏では逢えてるのかもしれないよ。僕らには見えないけどね」
永遠に逢えることがなければ、今よりもっと、楽になるのかもしれないけれど。それでもきっと、望んでしまうから。
「でも雨が降ったら、鳥は飛べないよ?橋、かけてもらえない」
「それはさ……彦星がなんとか泳いで行くよ」
「新しいジャケット着て?」
「新しいジャケット着て」
叶わなくても、どれだけ遠くても、きっと望んでしまうと思うから。その下手くそな鼻歌が聴きたくて、星の川にでも何にでも飛び込んでしまえるような、そんな気持ちがきっと、雲の裏にもあると思うから。
「そうだといいねぇ」
「うん、そうだといい」
繋いだ指の先に力を込めたら、同じだけのあたたかさが返ってきた。再び聴こえ始めた鼻歌は、笹の葉を揺らす逢瀬の、少し歪な美しい音色だった。
【星を泳ぐ】
(僕も泳ぎは得意だよと言ったら、それなら安心だね、と君は笑った)