Lie × Lie 〜 アルメリア城恋物語 〜
「なんなん……だ?」
すぐに回廊の角に消えた後ろ姿を、唖然とした顔で見送った
トラビス=リードは、首をかしげ、いったい今のクノエ嬢の態度は
なんだったんだ?と考えた。
ー ー あのクノエ嬢が、自分の顔を見るなり真っ赤になって
書類の束を落とし、そして指がふれた途端、身体を震わせ、
頬を染めたまま走り去っていった ー ー。
「あの、クノエ嬢が……」
そう呟いたトラビスの顔に、一呼吸おいてじぃわじぃわと、
にまにま笑いが、うかぶ。
あのクノエ嬢が…… 僕の顔を見て、そして指がふれた途端…… 。
今は寒い冬で、ここは冷え込む回廊の途中なのに、ふわりと暖かい
甘い香りの春風が頬を一撫(ひとなで)でしていったように
トラビスは感じた。
立ちあがり、王の執務室へと向かう彼の足取りは軽い。
羽がはえたかと思うほどの軽やかさで足をはこび、
途中にツー・ステップがはいる。
そして、優雅にターンする勢いでバン!とドアをあけ、執務室にはいった
トラビスは弾む足どりのまま執務机に近づくと、そこに座っているグレイに
赤い皮表紙のファイルを手渡した。
「グレイ…… 恋っていいもんだな」
「はぁ?」
「いやいや、深い話はいいよ」
トロけた表情で訳のわからないことを言い始めた親友に、
グレイは、薄気味悪いものでも見るような視線をよこしたが、当のトラビスは
おかまいなしだ。
それどころか、そういえばこいつも、と、グレイにいつにない
優しい視線グレイにをむける。
ヴェイニーの館にいるミュアリス様に会う時間をつくるために昨日まで
馬車馬(ばしゃうま)のように働いていたものな 。
男を駆り立てるもの ー ー それが” 恋 “らしい。
「いやいや、本当に良いものだ」
そう言ってにっこりと笑ったトラビスは、
(グレイから見たら、胡散臭い笑顔にしかみえなかったが)
再び、鼻唄を歌う勢いでツー・ステップをふみながら執務室から出て行った。