Lie × Lie 〜 アルメリア城恋物語 〜
あの頃は、冬の初めで、雪混じりの冷たい雨がふっていた。
でもいつも、暖かな暖炉の火が、ヴェイニーの淹れてくれるお茶が、
くつろぐオニクスとシルヴィの姿が、そして、グレイの笑顔があった。
グレイに会いたい。
会って確かめたいことがいっぱいある。
ううん、いっぱいあるけど、全部でなくていい。
たったひとつだけでいい。
確かめさせてほしい……。
「グレイ陛下もトラビス様も王城にはおられないようです」
時々部屋にきてくれるクロエはそう言ったが、クロエも前よりは
自由がきかないようではっきりとしたことはわからない。
なにもかもが薄いベールに包まれていく……とミュアは思った。
身体も心も、感覚も思考も。
ミュアへの贈り物をもってあらわれるウォーレスが、
明るく笑いながら、ターラントでの婚約時代の思い出ばなしを語り、
ミュアを婚約者として扱うのがとても不思議な気がしていたのに、
だんだんとそれが、日常になっていって、グレイと過ごした
数ヶ月の輪郭が、ぼんやりとしたものになっていく。
それではいけないと思う気持ちのよこから、
そうしたほうがいいのかも、という気持ちが声をあげる。
だって、あのとき、グレイは少しも振りかえることなく、
水車小屋を出ていってしまったもの。
呼びとめたのに、彼は黙って、応えることもせず、
ひとりで去っていったもの。
日は、もう春の盛りをむかえようとしているのに、
悲しくて、苦しくて、ミュアの指先はいつまでも、しん、と
冷えたままだった。