Lie × Lie 〜 アルメリア城恋物語 〜
我慢は限界だった。
一瞬、淑女は決してそんなことはしないものだ、という考えがミュアの頭を
よぎったが、勢いづいた気持ちは止まらない。
パシン!
見事な平手打ちが、小気味好い音を立ててきまった。
「痛って……」
そうつぶやいて頬に手をあてた少年が、きっとミュアを睨む。
そして自身も手を振りあげかけたとき、焦った声が少年を止めた。
「グレイ王子! お止めください! 相手はターラントの
ミュアリス王女ですぞ」
これ以上はないほど顔色をなくし、額に汗を浮かべた、えらくなで肩の男が、
周りの人を押しのけ前に進みでてくる。
王子?...... 王子ですって?!
ミュアはポカンと口をあけたまま、動くこともできず、ただ目の前の少年を見つめた。
この少年が?
ミュアの混乱をよそに、すすみでた男の顔をちらりと見た “ グレイ王子 “ と
呼ばれた少年は、激しい感情をうかべていた顔から、すっと表情を消した。
光をあつめゴールドに輝いていた瞳が、暗さをふくんだ鈍い色に変わる。
振りあげかけていた手をおろし、無表情のまま踵をかえし、黒オーガを抱いて
グレイは歩きだした。
だが、二歩ほど進んだところで、ミュアの方へ顔半分だけ振り返り、
凍りつかせた瞳で言った。
「俺は謝らない、俺の大切なオーガも角を失ったのだから」
グレイの言葉にミュアは、あっと息をのんだ。
激しい怒りにかられていて気づかなかったが、黒いオーガの額の角も半分ほど
しかない。
自分と同じ悲しみを感じていた人を責めてしまった。
苦い気持ちが、急速に心の中に広がったが、王子に声をかけることはできず、
ミュアはただ歩み去っていくグレイの背中を見つめていた。