大切なものを選ぶこと
「あ、美紅。酌はしなくていいぞ、ゆっくり食べろ」
流石に図々しく食べ続けているわけにもいかず、皆さんにお酌して回ろうと思って腰を上げたのに弘翔に止めれた。
いいのかな?と思って弘翔を見ると優しく頷かれる。
「いいのよ美紅ちゃん!うちじゃ手酌が基本だから」
双子の面倒を見ながら桜さんが声を掛けてくれた。
大雅君たちは唐揚げに夢中だ。
遥輝さんは蘭ちゃんがそろそろ起きるからと土方さんの所へ行ってしまった。
「女に酌させたいならそういう店に行けって話よ!」
「まぁあれだ、秋庭の伝統なんだよ。だから酌なんていいからゆっくり食べてくれ」
桜さんと弘翔に言われてしまえば頷くしかない。
ここで無理やり酌して回るのも変な話だし。
「私なんか春名に嫁いで初めてお酌したわよ。聖ちゃん亭主関白だし、顔立ててあげた方が良いかなって思って」
「何が亭主関白だ…。かかあ天下の間違いだろ…聖弥さんが可哀想だ…」
「何か言った弘?まぁ、今じゃ春名でも酌なんかしないけどね」
むしろ若い組員に酌させてるわ
豪快に日本酒を傾けながら笑う楓さん。美人なのにノリがよすぎる。
それに、さっきの貫禄のあるオーラと口下手なところを見てしまった後では、聖弥さんが尻に敷かれているなんて想像できない。
──「美紅さん!先程は騙すような真似をして申し訳ありやせんでした!」
宴会半ば、席も入り乱れ盛り上がっている中で純さんが土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。もう土下座は勘弁して…。
隣では弘翔が苦笑いを浮かべているし、高巳と桜さんは爆笑中。
「あら、もしかして美紅ちゃんもやられたの?」
「え?」
事情を知らないはずの楓さんに言われて思わず首を傾げてしまった。
なんで知ってるんだろう…。
「お父さんとお母さんよ。堅気相手には必ず試すのよ。もちろん、桜が遥輝君を連れて来た時もすごい脅してたわね」
そうだったんだ…。
そう思って桜さんを見ると、笑いながら親指をグッと立てている。
余裕綽々、我関せずで大爆笑している桜さんに楓さんが盛大な爆弾を落とした。
「あの時の遥輝君は本当に格好良かったわね」
我関せずで笑っていた桜さんが...真っ赤に染まった。
「男相手だったから親父もかなりガチの殺気を孕んでたんだがな…、確かにあの時の遥輝さんは格好良かった」
「チャラい人だと思ってたのにあんなに誠実で真っ直ぐ桜のこと愛してくれてるなんてね。いやー、あの時、遥輝君がお父さんに言い放った言葉は本当に格好良かったわね」
「あぁ」
「私なんかちょっと惚れちゃいそうだったわよ」
「男の俺でも格好いいと思ったよ」
弘翔と楓さんの間で成される会話に桜さんはどんどん顔が赤くなっている。
というか…遥輝さんは昌さんになんて言ったんだろう…気になる。
だけどそれは桜さんから箝口令が敷かれているらしく誰も教えてくれなかった…。
──そんなこんなで初めての私でも楽しめる宴会はまだまだ続いた。
弘翔の子供の頃の話を面白おかしくお姉さんたちが話してくれたり、高巳が双子と戦いごっこを始めたり…聖弥さんの独占欲エピソードを教えてもらったり…
とにかく楽しい。
まだまだ宴会は続きそうだなぁ…と思ったその時──
「親父!弘さん!……蓮さんが!!」
乱暴な音をたてて襖が開き、若い組員さんの大声が広間に広がった。