大切なものを選ぶこと
─美紅side─
──「あの…土方さん…」
秋庭家でご飯をご馳走になり、たくさんいろんな人と話して楽しかったけど、流石に弘翔がいなくなってしまったのに長居するのは気が引けて早々に抜けさせてもらった。
ちょうどお酒を飲んでいなかった土方さんの運転で帰路に着く。
後部座席から土方さんに小さく声を掛ければ、バックミラー越しに『なんだい?』と聞き返してくれた。
ずっとモヤモヤしている。聞きたいことはただ一つだ。
でもなんて聞いたらいいのか…そもそも、聞いてもいいのだろうか。
「どうだった秋庭は。怖かったかい?」
私の心境を察してか、土方さんが柔らかい口調で話しかけてくれる。
さすが大人で、私が話しやすいように砕けた口調に優しくて柔らかい雰囲気。
「いえ、皆さん優しくて…楽しかったです!」
「そうか、それはよかったよ。うちは昌之を筆頭にみんな良い奴らだからね」
「はい!組員さんたちも、お姉さんたちも本当にいい人たちでした!」
少し食い気味になってしまった私を見て、穏やかに笑いながら「そうかそうか」と嬉しそうな表情を浮かべる土方さん。
「気にしているのは、弘が急に出て行った理由かな?」
「ッッ、」
穏やかな口調で心を見透かされて、言葉に詰まる。
聞いてみてもいいのだろうか。仕事に関わる事なら聞いてはいけない。
「弘から、蓮さんのことはどこまで聞いてるんだい?」
言葉に詰まっている私をミラー越しに見て少し笑った土方さんは、私が聞きたくても聞けなかった人物の名前を普通に出した。
そして…違和感。
弘翔より年上の組員さんたちはみんな弘翔のことを『弘』って呼ぶ。
それなのに…思い返してみれば、弘翔のお兄さんのことはみんな『蓮さん』って呼ぶ。
土方さんは昌さんと同い年だから、お兄さんよりも確実に年上なのに。
「弘翔もお兄さんも自他共に認めるブラコンだってみんなに言われました」
そう言うと土方さんは楽しそうに笑った。
『その通りだなぁ』と小さく呟いてから、
「年上の俺が言うのも変だけど、絶対に敵に回したくない。事実上、秋庭の全てを取り仕切っている人…かな蓮さんは」
と優しく教えてくれた。
やっぱり『蓮さん』なんだ…。年上の人が年下の人に敬語って何となく違和感。
事実上、秋庭の全てを取り仕切っている人…どんな人物なんだろうか。
「そんな不思議そうな顔しないで。昌之と弘以外は全員、蓮さんには敬語だよ」
私が違和感を覚えている部分が伝わったらしい。
少しだけ考えてから明るい調子で教えてくれた。
「蓮さんは組長代理っていう、組長に次ぐ役職に就いている人だし、弘はあんな感じの性格だからみんなフランクに話しかけるけど、蓮さんは全然タイプが違うんだよ」
弘翔とは全然タイプの違う、秋庭組で二番目に偉い人…。
自他共に認めるブラコンだという“蓮さん”ってどんな人なのだろうか。