大切なものを選ぶこと
「弘には世話になってるし、蓮さんにはこの前の酒の礼をしないとだからな」
弘翔に対してっていうのは分かるけど…なんで蓮さんへのお礼が私に浴衣をくれることになるんだろうか…。
「蓮さんへの一番の礼って言ったら弘が喜ぶことをすればいいんだ。弘が喜べば無条件で喜ぶ人だからな」
「それで、私の浴衣を…ですか?」
「…………。」
「…………。」
「惚れた女の浴衣姿はグッとくるもんなんだよ」
喜ばない男なんていないだろう。
言って、しまったという顔をした聖弥さん。
あのサングラスの下はそれだけ優しい瞳をしているんだろうか…。
というか、やっぱり聖弥さんってツンデレっていうか、楓さんのことが大好きなんだな。
その後、無口な聖弥さんは口を開くことなく、無言のまま一時間ほど車に揺られた。
──着いたのは秋庭本家と同じくらい大きくて立派な門の前。
横に広がる塀が高くて中は見えないけれど、やっぱり時代劇に出てきそうな雰囲気。
門前に車を付けた聖弥さんは門前に立っていた若い組員さんに『車移動させておけ』と指示を出し、門を開けるように言った。
「「「頭(かしら)、お帰りなさいませ」」」
聖弥さんに付いて門をくぐれば、真っ黒のスーツを着た屈強な人たちが綺麗に90度の角度で頭を下げて列を成している。
その迫力に喉の奥が鳴った。
頭を下げている人たちをさして気にしていない聖弥さんはその真ん中を悠々と歩く。
内心、本当に怖いんだけど…。
アットホーム雰囲気の秋庭とは対極、弘翔と出会う前に漠然と想像していた極道のイメージそのまま。小説や漫画に出てくる極道の絶対的上下関係を体現しているよう。
聖弥さんの圧倒的なカリスマ性がなせる業だと思う。
弘翔なら『そういう固いのいいから顔上げてくれ』とか言いそう…。
聖弥さんが家に入るまでスーツの人たちはずっと頭を下げていて、なんかやっぱり凄かった。
「頭、用意できています」
「あぁ、ご苦労」
玄関で靴を脱げば奥から紺色の着物姿の男性が出てきた。
あ、ちなみにこの家もやっぱり秋庭本家と同じで立派な縁側付きの広い和式の日本家屋だった。
紺色の着物の男性に『荷物お持ち致します』と言われ、聖弥さんに目線で渡しとけ、と言われたので鞄を持ってもらい、大きな和室に通された。