大切なものを選ぶこと
弘翔の言葉に顔を上げると、強くて優しい瞳に吸い込まれる。
そんな優しい顔をされたら…涙が止まらなくなってしまう。
「でもッ、でもッッ…お父さんはッ…」
泣きすぎて言いたいことが言葉にならない。
それでも弘翔は私を強く抱きしめたまま『わかってる』と呟く。
私に言い聞かせるような、自分自身に言い聞かせるような声色で。
「美紅に好きだと伝えた時、俺の仕事のことで美紅を傷つける覚悟はしてたんだ」
「ッッ、」
「人に恨まれる覚悟も、後ろ指さされる覚悟も、美紅の御両親を傷つける覚悟もした」
「…………ッ、」
「そんな風に泣いてくれるな。美紅は何も悪くない」
優しく涙を拭われるも止まってはくれない。
汚い嗚咽と共に涙が次から次へと溢れてくる。
弘翔にそんな顔をさせたいわけでも、弘翔の仕事のせいにしたいわけでもない。
仕方なかったんだ。どうにもならない。
偶然、心底愛してしまった男が極道だった。
ただそれだけのことなのに。
涙も、嗚咽も止まりそうにない。
顔もぐしゃぐしゃだ。
「美紅を好きになったことに何一つ後悔なんてない。だが、同じように、極道で在ることを後悔なんてできないんだ」
情けない男で、すまない。
「どの選択が正しいのかなんてわからない。これからどうなるのかもわからない。美紅のことを傷つけることになるかもしれない」
それでも
「約束する。何があっても一生好きでいる。一生懸けて、大事にする」
「…………。」
「美紅と生涯を共にする権利が欲しい。何年かかるかわからないが…その日まで、俺の隣に居てください」
あまりにも驚くと、人は本気で言葉を失うらしい。
集中して弘翔の言葉に耳を預けていたら、いつの間にか涙は止まっていた。
お互い無言の時間がしばらく続いたけど…痺れを切らしたらしい弘翔が『返事は?』と拗ねたように言うので緊張の糸が切れた。
「それって……プロポーズ…?」
「…………。」
「…………。」
「んー…予約、かな」
本当のプロポーズは、全てが解決してから改めてカッコつけさせてくれ。
そう続けた弘翔の言葉に小さく頷く。
私の両親のことも、弘翔の仕事のことも、何も解決していない。
これからどうなるかなんてわからない。なんの保証もない。
もしかしたら、何年経っても、籍を入れることは叶わないのかもしれない。
また悩むことになるし、いっぱい泣くことになるのかもしれない。
それでも、
「私も…弘翔のこと、愛してるよ」
この人と一緒に生きていきたい。
敏いこの人は、返事なんかしなくてもこの言葉だけで伝わるはずだ。
一瞬だけ驚いた顔をしてから、破顔した弘翔。
そのまま、今度は有無を言わさずにお姫様抱っこをされ、家まで連行された。