大切なものを選ぶこと
その後は、これ以上はこの場に居てはいけないのはわかっていたので一礼してすぐに広間を出た。
それなのに…
「あの…弘翔…?」
何故か私と一緒に出てきた弘翔。
勿論、会合が終わったわけではない。
恐る恐る顔を伺えば、神妙な表情をしている。
長い廊下を無言で歩き、人が完全にいなくなったところで物陰にグッと引かれた。
「弘翔?」
「…すぐ戻る」
聞き逃してしまうくらいの声。
「大丈夫…?」
「…こっちの台詞だろ」
「たしかに…」
小さく笑った弘翔に釣られて私の口角も上がる。
あぁ…いつも通りの弘翔だ。
強くて優しくて、私のことを一番に想ってくれるいつもの弘翔だ。
「美紅のことになるとダメだな…。理性もなにもあったもんじゃない」
「…………。」
「あんな情けない姿、美紅にだけは見せたくなかったんだけどな…」
理性を切った弘翔は確かに怖かった。
私の知っている弘翔じゃないようで、どこか別次元の人のようで。
だけど、全て私の為だってちゃんとわかっている。
「…頼むから、嫌いにならないでくれよ」
私の身を案じて、文字通り`切れた’男をどうして嫌いになれようか。
返事の代わりに、殴って傷だらけになった弘翔の手を取って、その甲に優しくキスをする。
嫌いにならないでくれ?そんな馬鹿なこと言うなって思いを込めて。
驚いた顔をしてから、「無事でよかった…」と小さく呟いた弘翔は一瞬だけ私を抱きしめて、額に軽いキスを落とした。
「戻るな」
「うん」
それだけ言って、弘翔は広間へと踵を返した。
だだっ広い廊下で一人、大きく息を吐く。
情報量が多すぎた。
──「あ、いたいた!美紅ちゃん!!」
どうしたものかと思案していれば、丁度いいタイミングで楓さんの声が聞こえてきた。
安心感が凄い。
どうやら探してくれていたらしい。
「どこ探してもいないから心配しちゃったわ。戻る?」
「いや…」
今、調理場に戻るのはちょっと気が向かない。
察してくれた楓さんは
「じゃあ別室で時間潰そうか」
と私の手を引いてくれた。