大切なものを選ぶこと


─弘翔side─






「何が階段で転んだだ…
何が暴力は振るわれてないだ…」





煽るようにして飲んだビールの缶を握りつぶしてから低く呟く。




無力な自分に腹が立ってしょうがない。






ヤクザという自分の立場は重々理解している。




だからこそ美紅には何もしてやれない。






君が好きだと真っ直ぐに言えたら





彼氏という肩書きがあったら






そんな甘い考えが何度も頭を過った。






『一般人だろう。やめておけ』




いつだったかに言われた言葉が浮かんだ。







──あぁそうだ。俺はヤクザで美紅は一般人。




今の俺にしてやれることは何一つない。





俺には何もできない。





いや、正確に言えば…俺が手を加えれば美紅の普通の世界が壊れる。




自分のエゴで好きな女に辛い思いをさせるわけには…







もう美紅のことは忘れよう。




そう決心していつものボロアパートに足を進めた。






今は大きな抗争中でアパートに身を隠している。




早くこの抗争を終わらせて俺の家に戻ろう…そしてもうあの公園にも行かなくなれば自然に美紅のことも忘れられるだろう…







が、そんな俺の考えはアパートの前で起こっている惨状によって吹っ飛んだ。





どうやら好きな女を諦めるなんてことはできるような人間ではなかったらしい…





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