大切なものを選ぶこと
─美紅side─
──パシッ
乾いた音がして、頬に痛みが……ない。
驚いて目を開ければ…眼前には大きな背中。
「………殺すぞ」
聞いたことのないくらい低く落とされた言葉。
なんで…なんでここに…秋庭さんが…
「秋庭さん…なんで…?」
「ん?あぁ…。まさかとは思ったが、美紅の部屋の隣に住んでるみたいだな」
何事もなかったかのように悠太の手を払いのけた秋庭さん。
いつもの甘い声に戻ってる…
──そして…胸元から煙草を取り出して吸い始めた。
その流れるような動作が普通の人だとは思えないくらいの佇まいで思わず息を呑んだ。
「なっなんだよあんた!誰だよ!!」
「………………」
騒ぐ悠太を一瞥してから、吸い終わった吸殻を何故かしっかりと携帯灰皿にしまった秋庭さん。
悠太には視線を向けずに少しだけ笑った。
「何も見てないふりをしようかと思ったんだけどな、やっぱりできなかったよ。
俺のさっきの決心は美紅の前じゃこうも簡単に砕かれるのか…」
「え?」
「いや、こっちの話だ。
もう何も我慢しないってことだよ」
「秋庭さん…煙草吸うんですね…」
──「今ので吸い収めだ。
一生を誓える相手ができたらやめるって決めてたからな」