大切なものを選ぶこと
秋庭さんに促されて足を入れた部屋にはほとんど何もなかった。
私たちの部屋と同じ間取りなのに広く感じる…
「ま、適当に座って。
大したものなんて無いんだが茶くらい淹れるよ」
そう言い残して秋庭さんは台所へ行ってしまった。
中央にあるテーブルには書類が山積みになっていて、パソコンが無造作に置かれている。
何の仕事してるんだろう…
普通の人には見えなかったけど…。
「男の一人暮らしの汚い部屋なんかあんまり見ないでくれよ。ほら、座った座った」
「あ、すいません…」
戻ってきた秋庭さんにカップを渡され受け取った。
中は温かい紅茶。
「……おいしい…」
一口飲んでそう呟けば秋庭さんは嬉しそうに笑った。
その顔はさっきまでの表情とは全然違って、いつもの秋庭さんだ。
「兄貴がな、イギリスまで行って買って来てくれた紅茶なんだよ。かなり上等なものらしいんだが…一人じゃ面倒で紅茶なんか淹れないからな。
美味いならよかった。兄貴が喜ぶよ」
「お兄さんいるんですか…?」
「ん?んー…まあ、な。
あと姉貴が二人と妹が一人いるよ」
「意外です…でもなんか納得…」
「そうか?姉貴たちにはこき使われるし妹には便利屋のように使われて大変だぞ」
「秋庭さんは優しいから、女の人が困ってたらなんだかんだ言いながらも、笑ってなんでも許してくれそうですよね」
お姉さんと妹さんになんだかんだ甘い秋庭さんの姿が容易に想像できて心が温かくなった。