大切なものを選ぶこと
「弘、隣の診察室に親父がいるからお前はそっちで見てもらってくれ」
「おい、夏樹」
「人の言うこと聞かねえで無茶するから傷が熱持ってきてるし、ほっとけばまた開くぞ。いいから処置してもらってこい。
それにな…病院には守秘義務ってのがあんのよ。いくら彼氏様だろうが聞かせらんねえこともあんだよ」
さっきまでの緩い口調とは打って変わって真面目な口調の夏樹さん。
有無を言わさない頑なな姿勢で秋庭さんを診察室から出した。
───秋庭さんが出て行って二人きりになると、夏樹さんはさっきまでの緩い雰囲気に戻った。
そして…おもむろに白衣を脱いで、給湯室に消えて行ってしまった…
「はい」
戻ってきた夏樹さんに湯気の立ち上るカップを渡された。
「え…?」
「ホットミルク、嫌い?」
「…好きです。…いただきます…」
もらったホットミルクを一口飲む。
ほのかにハチミツの香りがして、心がじんわりとする。
そして…なぜかは分からないけど…涙が頬を伝った。
「身体の傷はほっといても時間が経てば治るからね。だから、美紅ちゃんには心の治療が必要かなって」
「………………」
「この病院はね、院長が俺の親父で二人でやってるんだよ」
真面目な声でも、緩い声でもない…優しくて柔らかい声…
なんでだろう…涙が止まらない…。
「ヤクザの世界は人には言えないことも多いし、好きでこんな所で働く人は少ないんだよ。だから俺、医師免許以外に理学療法士の資格とか診療放射線技師の資格とか…あと心理カウンセラーの資格も持ってるんだ」
秋庭さんとは違った優しくて柔らかいまなざしに耐えていた嗚咽が漏れた。
我慢していたものが…溢れてしまった。