冷酷王の深愛~かりそめ王妃は甘く囚われて~
「ミルザ!」
「行って! サーザ!」
「でも……!」
「私のことはいいから、早く!」
「なんの騒ぎだ」
 その時、ミルザの背後から太い声が響いた。

 けっして大きな声だったわけではない。だが、重みのあるその声に、そこかしこでざわめいていた人々がにわかに静まった。ミルザは、背後を振り返る。
 ミルザたちを取り囲むように見ていた群衆の一画が、道の両側に別れて場所を空けていた。そこにいたのは、馬に乗った数名の男たちだ。そろいの制服は、レギストリア王国近衛騎士団のもの。その中心から声をかけた若い男に、周囲の視線が集中する。

 ひと際強い存在感を放っているその青年は、ひとりだけ騎士団の制服ではなく略式の鎧をつけ、落ち着いた様子でミルザたちを見下ろしていた。顔の下半分を覆い隠す髭をたくわえた顔に、厳しい表情を浮かべあたりを強く威圧している。

 その青年と目が合ったミルザは、言葉を失う。
 兜もかぶらずに意図的に人目にさらしている髪は、紫がかった珍しい色をしていた。その色が支配階級であるシャラガの一族のみに表れる特殊な色だということを、レギの人間ならだれでも知っている。
 ミルザは、彼が誰なのかを瞬時に察した。

「これはどうしたことでしょうか」
 低い声で、もう一度その青年は問うた。
「この女が、ドルズ様の馬車の前に飛び出してきたのです」
 鋭い目つきで睨まれたナトリアの従者は、ミルザを怒鳴りつけていた様子とは打って変わっておどおどした声で答えた。

「それは、失礼をした。ドルズ様にお怪我はないだろうか」
「はい。幸い、ご無事です。ですが……」
「このパレの都は今、春を迎え、一年のうちでもっとも賑やかな聖女の祭りで浮かれているところ。どうか、取るに足らぬ端女(はしため)のことと、広い心でお許しください」
 青年は、淡々と低い声で言った。
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