冷酷王の深愛~かりそめ王妃は甘く囚われて~
その質問に一瞬手を止めてから、ミルザはにこりと笑った。
「ジェイドのことは関係ないわ。私が修道院に入るのは、本当は生まれたときから決まっていたことなのよ」

 幼い頃から、自分はそうやって生きていくものだとミルザは知っていた。けれど、恋も知らずに尼僧となり義務で子供を持つことになる娘を不憫に思った両親は、仲のよかった幼なじみとの結婚を早々に決めてくれていたのだ。ミルザも彼を憎からず思っていたので結婚を承諾したが、その話がなくなった今、ミルザが修道院に入ることを躊躇する理由はなかった。

 穏やかに笑うミルザを見て、サーザはため息をつく。
「ミルザったら、相変わらず人がよすぎるわよ。あんな奴、もっと文句言って恨んでやればいいのに。なんでそんな……修道女になんかなっちゃったら、もう恋愛とかできないじゃない。別に、ノーラ様たちを不幸だとは思わないけれど、ミルザはまだ十八なのよ? もっと、娘らしいときを過ごしてから、聖女様に身を捧げても遅くはないと思うわ」
「あら、別に尼僧だからって恋愛ができなくなるわけじゃないわよ? フォリストリア教ではほかの宗教のように処女性は重要視されないし、聖女様に仕えた後でも還俗すれば結婚することも可能だし。私だって、結婚をあきらめたわけじゃないんだから」

 誰かと結婚して子供を残す。それはミルザの義務でもある。いずれ遠くない将来に、自分にふさわしい人を教会で紹介してもらって、ミルザは結婚することになるのだろう。

「同じことよ。毎日祈って過ごすだけでしょ? 出会いなんかないじゃない」
「いいの。きっとなんとかなるわ」
 のんきなミルザの言葉に、サーザはため息をつく。

「ミルザだって、ちゃんとした格好したらそれなりに美人なんだから、紅のひとつも塗ってみたら?」
 サーザは、無造作に束ねたミルザの淡い金色の髪をスプーンで指し示す。その仕草に眉をひそめながら、ミルザが言った。
「こんな辺ぴな場所で化粧して、いったい誰が見てくれるのよ」
 言われてサーザは窓に視線を向ける。外はすっかり暗くなってしまってなにも見えないが、たとえ見えたとしてもそこにあるのは、山に空に雲に畑。否定しようのない田舎だった。

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