冷酷王の深愛~かりそめ王妃は甘く囚われて~
「あいよ。ちょっと待っとくれ」
「おや、ミルザちゃん! 久しぶりだね」
 今度は、セルマと同じくらいの年配の女性が声をかけてきた。極力人と関わることを避けているミルザだが、『ウェール』との付き合いが長い分、この店の常連たちの中には少なからずもなじみができていた。

「こんにちは」
 小さく答えたミルザに、女性が破顔する。
「まあまあ、しばらく見ないうちに、すっかりきれいになっちゃって。ちょうどいいところで会ったわ。実は私の知り合いに、今年二十歳になるいい男がいるんだけど……」
 ずいずいと迫ってくる女性に笑顔を向けながらも、ミルザは少しずつ後ずさりする。
「あの、そういう話はまた……」
「いいじゃないか。例の幼なじみは、パレのお嬢様と結婚しちまったんだろ? だったら……」
 ずきり、とミルザの胸に痛みが走るが、顔には出さなかった。

「ちょいと、あんたにはデリカシーってもんがないのかい」
 勢いよく話し続けるその女性を、油の缶を手にしながら出てきたセルマが止めた。
「失礼だね、セルマ。あたしはミルザちゃんのことを心配して……」
「そういうのを、余計なお世話っていうんだよ」
「なに言ってんだい。そうやって花の盛りを逃しでもしたらもったいないだろ」
「だからって……」
「あのっ」
 自分が原因でふたりの雰囲気が悪くなってきたのを察したミルザは、この場を離れようと慌てて話題を変えた。

「セルマ、ゲルダは奥?」
「ああ。いつもの部屋だ。寄ってっとくれ」
 逃げ腰になっているミルザに、セルマは店の奥を示す。まだ話を続けようとする女性と苦笑いをしている男性に軽く会釈をして、ミルザはそそくさと奥へと入っていった。店内が見えなくなったところで、ミルザは大きくため息をつく。

 本当なら、この花祭りに合わせて、ミルザは花嫁になるはずだった。

 幼なじみのジェイドとの結婚が本決まりになったのは、一年ほど前のことだ。幼なじみではなく婚約者として付き合い始めてから、ミルザは徐々にジェイドに恋をしていった。そうして、花嫁となる日を心待ちにしていたのだ。
 だがほんの数ヶ月前、年が明けてすぐのことだ。そのジェイドに別の縁談が持ち上がった。パレの貴族が、自分の娘とジェイドの結婚を望んだのだ。その貴族は没落しかけており、鉄鋼所の経営が軌道に乗っていたジェイドの家の資産に目をつけた。それに対しジェイドの親は、貴族とのつながりが持てるという願ってもない話に、あっさりとその結婚を認めた。
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