王太子の揺るぎなき独占愛
「温泉はあの赤い屋根の建物の向こう側にあるのよ」
イザベラはふらつくサヤを支えながら歩きだす。
村のはずれにある温泉はとても広く、村人たちの憩いの場となっているが、広い割には水深が浅く、足湯を楽しむ者がほとんどだ。
「ここよ、ここ。足湯だけでも十分気持ちがいいから、しばらくゆっくりしましょう。それこそレオン殿下が来たらそれどころじゃないし」
「そ、そうね」
弾んだ声をあげるイザベラに連れられ、サヤは生まれて初めての足湯を経験することになった。
サヤがこの温泉に連れて来られたのは、採掘場での立てこもり事件が解決したという報告の手紙の末尾に、「大至急、サヤをミレンカ村の温泉に寄越せ」と書かれていたからだ。
イザベラ宛の手紙には「イザベラがサヤを馬に乗せて連れてこい。男性の騎士の馬になど絶対に乗せるな」と書かれていた。
そして、国王が面倒くさがるイザベラを説得し、サヤを温泉へと送ったのだ。
ごつごつとした岩場に腰をおろしたサヤは、乗馬服のズボンのすそを折り返し温泉に足をおろした。
「ちょっと熱いかも……」
恐る恐るゆっくりと湯の中に足を沈めていく。
くるぶしよりも少し上までしか湯に浸かっていないが、長い時間馬に乗っていて強張った筋肉がほぐれていくようだ。
「ちょっとは落ち着いた?」
サヤの隣に腰かけたイザベラが、手で足にお湯をかけながらつぶやいた。
ここに来るまで見せていた強い口調とは違う、穏やかな声。
イザベラもようやく落ち着いたようだ。