王太子の揺るぎなき独占愛
ちょうど翌日からの森での作業を控え、森に泊る準備はできていた。
離宮の管理をしているジークに一日早く泊まる許可を得なければならなかったが、それも問題なかった。
サヤが離宮での生活を気に入っていることをよく知っているジークは、いつものことだと思い、すぐに準備を整えた。
「姉さんが離宮に逃げ出して、父さんも母さんもかなり落ち込んでた。ふたりとも、できることなら姉さんを他国に嫁がせたくはないし、手元に置いておきたいんだよ」
まるでサヤの方が年下ではないかと思えるほどしっかりとした口調のファロンに、サヤはなにも言い返すことができない。
ファロンの言うことはサヤもわかっているのだが、サヤは思わず逃げ出してしまったのだ。
「ごめんね。私も、わかってるんだけど、やっぱり結婚したくない……」
うつむき、ぽつりとつぶやいたサヤに、ファロンは苦しげな表情を浮かべた。
弟のファロンには、サヤの気持ちがよくわかる。できることなら国内の貴族と結婚させ、これまで通り森での仕事をさせてやりたいと思うが、すべて陛下の気持ち次第だ。
陛下が決められたことには従うよりほかない。
ファロンは、目の前で肩を震わせ泣くのを我慢しているサヤがかわいそうで、彼女の頭を撫でようと手を上げた。
しかし、その手がサヤの頭に届く前に「どうした?」という低い声が近くから響いた。
微かに不機嫌さを感じる響きに顔を向ければ、いつの間にかふたりの横に、レオンが立っていた。
「で、殿下っ」
ファロンは慌てて姿勢を正した。サヤもつられて身なりを整える。
「サヤ、なにか困ったことでもあったのか?」
気づかわしげにそう言うと、レオンはサヤに近づいた。
騎士たちとともに作業に参加していたレオンの顔には、暑さのせいで汗が浮かび、微かに日焼けもしているようで、頬がほんのり赤くなっている。
「きょうだい喧嘩か? たとえそうでも女を泣かせるのはどうかと思うぞ」
ファロンを責めるような荒々しい口調だが、レオンの視線は一度としてファロンに向けられることはなく、じっとサヤを見つめている。