君のことは一ミリたりとも【完】
河田さんは生瀬が俺たちのことに言及するよりも先に逃げ出し、踵を返したように立ち去っていった。
そんな彼女の背中を目で追いながら彼が先程の時には感じさせたことのないような緊張感を漂わせる。
「もしかして河田とお知り合いでしたか?」
「あぁ、高校の同級生です。この間同窓会で久しぶりに会って。今日ここで"たまたま"会えるとは思えなかったんですが」
「同窓会、でしたか……」
そういえば河田さんは生瀬に約束をドタキャンされてヤケになって同窓会に来ていたんだっけ? そのことを生瀬を知っているのか。
それにしてもこの態度、この男から河田さんを振ったはずなのにこの未練がましい空気はなんなのだろうか。
もしかして昨日、河田さんの様子がおかしかったことも関係して。
「すみません、至急の電話だったもので。是非他のところも撮っていってください」
「……ありがとうございます、撮り甲斐がありますよ」
そう言って生瀬は何事もなかったかのように会社の案内を再開させた。
しかし俺の頭の中は二人の関係のことで一杯になっていた。
強く振り払われた手の甲が痛い。
暫くして撮りたい写真も撮り終えたため会社に戻り記事に直そうと生瀬に声を掛けた。
「良かったら下まで送らせてください。私も外に出る用事があるので」
そう言った生瀬と共にオフィスを出るとたまたま廊下で河田さんと鉢合わせた。
河田さんは俺たちの姿に気が付くと目を合わせないように軽く会釈をして速やかに隣を通り抜けようとする。