君のことは一ミリたりとも【完】
そんな態度に嫌気が指した俺は彼女が横を通りかかる時にそっと耳元で囁く。
「じゃあ後で連絡して?」
「っ……」
彼女はその言葉に顔を赤くすると声を出さずに声を動かし、「死ね」と伝えてきた。
本当に可愛くないなとそれを見て口元がニヤケてしまう。だけど顔を赤くされるのだけどマシだろうか。
エレベーターに乗るとたまたま俺たちの他に乗り合わせている人はいなかった。
「そういえば」
変わっていく階数表示を眺めながらこんなことを口走る。
「今度お子さんが生まれるそうですね。おめでとうございます」
「……もしかしてそんなことも知ってるんですか?」
「この業界にいるといろんな情報が回ってくるので」
編集長にもそこら辺の家庭的な面も記事にするようにと言われていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。
成瀬は少し照れたように「ええ」とその事実を認めた。
「妻は元々子供ができにくい身体だったので。喜ばしいことです」
「これからのご活躍も楽しみですね」
「はは、家族のためにも身を粉にして働かないとですね」
そう語る生瀬に俺も愛想笑いで返す。爽やかに家庭のことに関して話す彼が自身の部下とこの間まで不倫関係にあったとは誰が思うだろうか。