君のことは一ミリたりとも【完】
河田さんはどうやっても自分が不倫していたことを周りには隠すだろうし世には出ないだろうが、これが他の面倒な女ならとっくにネタを週刊誌とかに売られているはずだ。
しかし今までのこの男の様子を見て、そこまで危機感がなかったわけでもなさそうだ。
つまり、
「(それほど、河田さんとの関係を大事にしていたということか……)」
もしかすると今の嫁よりも恋愛対象として見ていたのは河田さんの方で、何かの事情があって別れたけれどまだ彼女に未練があるのか。
そうなると子供が生まれてしまったらこの男がまた心変わりをして河田さんに声を掛ける可能性が浮上する。その時はどうか分からないが今の河田さんの心理状況ならそんな生瀬に揺れ動くのも時間の問題。
と、
「本当に、河田とは何もないのですか?」
エレベーターが一階のロビーに着く直前で生瀬の口から彼女の名前が出てきて咄嗟に反応が遅れた。
「……え?」
「先程、彼女が隣を通った時に何か囁いたように見えたので。気のせいならいいのですが」
いやいや、そこまで断言出来ているのであれば気のせいでも何でもないだろうに。
しかし今の言葉で俺の考えていることもある程度真実味が帯びてきた。
色々と事情が絡みに絡み合って、泥沼の展開になってきたな。
「……そうですね、さっきは伝え忘れたのですが」
「……」
「彼女とはこの間から交際しています」
そう言い放つと同時にエレベーターのドアが開く。
彼を一人残して降りた俺が振り返ると生瀬の驚いた顔が目に入った。
「……河田とですか?」
信じ難いような彼の表情にもう一度嘲笑う。
「はい、そうです。なので」
彼女のことよろしくお願いします。