君のことは一ミリたりとも【完】
「って、何でアンタも一緒なの」
「俺もすることないから」
そう言って唐沢は私の隣で気持ち悪い笑みを浮かべながらベビーベッドを覗き込む。
彼が赤ん坊に向かって指を伸ばすと親指サイズの小さな手がそれを包み込む。それを見て彼は「可愛い」と漏らした。
「優麻ちゃん、結構大変だったらしいね」
「……そうね」
この子、姫乃ちゃんを出産するまでの道のりは簡単ではなかった。
30時間に及ぶ、苦しい出産だったと後から聞いて驚いた。母体への負担が大きく、もし赤ちゃんが生まれたとしても優麻本人は無事じゃない可能性だってあった。
それでも長時間、神崎が隣で手を繋いでてくれたから頑張れたと彼女は語る。
「まぁ、大変なのはこれからだけどね。でも優麻ちゃんなら大丈夫でしょ。いいお母さんになれそう」
「当たり前でしょ」
「何で河田さんが自信ありげなの」
ははっと声に出して笑った唐沢のその笑顔は嘘偽りなく本人の素なのだと何となく分かる。
彼は赤ん坊の頬を指で触れ、そしてゆっくりと目を細めた。
「俺も苦労して産んでくれたんだろうな」
「……」
「まぁ、誰もそうだとは答えてくれないけどね」
言葉の端に諦めが見え、私はその言葉にその後言及することはなかった。
まるで自己解決しているような言い方だったから、きっと誰が意見を言ったって聞く耳を持たない。