君のことは一ミリたりとも【完】
満足げに私の隣に並んだ唐沢が煽るように尋ねてくる。
私は静かに首を横に振った。
「人に見られると困るから、いつも会うのはホテルとかが多かったかも」
「……ふーん、妬けるね」
「え?」
面白くなさそうな呟くと「俺何か飲み物買ってくるね」とフロア内にあるコーヒーショップへと向かった。
何だったんだ今のはと気を取り直して再び夜景の視線を戻す。いつも私たちが脚を付けて立っているところがあんなちっぽけに見える。そう思うと本当に自分たちがしている行動範囲内というのは小さいものだと分かる。
生瀬さんとはデートというデートをしたことがなかった。仕事の後にこっそり会って食事をしたり、ホテルで会って身体を重ねることばかり。だけど私は身分を弁えていたからそれだけで十分だと自分に言い聞かせていた。
それ以上を望んでしまったら彼に迷惑をかけてしまうから。面倒くさい女だと思われたくなかった。だから聞き分けのいい子を演じていた。
恋人らしく過ごしたい、そんな気持ちは口が裂けても言えなかった。
「(もっと我儘を言えば良かったのかな……)」
そうしたら、もっと可愛い女の子に見てもらえたんだろうか。
「河田さん、珈琲どうぞ」
「……ありがと」
「無糖で良かったよね?」
「何で知ってんの」
次から次へと出される唐沢の情報量の多さに軽く引きつつある。