君のことは一ミリたりとも【完】
そう声を荒げて放ったセリフに彼が息を飲んだのが分かる。
もう何もかもも滅茶苦茶だ。この人に寄せていた信頼も、尊敬も気持ちも、過去の恋心も、全て踏み躙られたような気分だった。最早幻滅までしている。
「……私、生瀬さんのことを上司として、人として尊敬してます。生瀬さんがいなかったら今の私がいないのは確かです」
「……」
「でも、私が貴方とヨリを戻すことはありません」
絶対に、そう言い切ると静かな空気が二人の間に流れる。
少しでも動いたら後ろのドアを開けて大声で助けを叫ぼう。そう決めて、彼の様子を伺う。
しかし意外にも、彼は自分の顔を片手で覆うと口元を緩ませ、「ははっ」と乾いた笑いを漏らす。
「そうか、遅かったか」
「……」
「……唐沢と言ったな。あの男と付き合っているそうだが、好きなのか?」
「っ……」
唐沢の名前を出され、ピクリと反応したところを見られてしまう。
動揺が漏れ出し、思わずしまったと下唇を噛む。
「てっきり俺への当てつけで付き合っているのかと思っていたが、違うか?」
「そ、れは……」
「俺のことが忘れられないか?」
「っ……ち」
違う!と咄嗟に口に出したが彼からの疑いは晴れていなかった。