君のことは一ミリたりとも【完】
『亜紀さん、何かあった?』
「何かあったじゃないわよ。ほんと最悪。不倫した過去は消えないし、会社はクビになるだろうし、優麻に知られたら本当にどうすんのよ」
本当にお先真っ暗だ。それでも生瀬さんに振られた時よりも自分を保てているのは自分を裏切らない自信がある唐沢がいるからだった。
まさか、私がこんな気持ちをアイツに対して抱くなんて、死んでも思わなかった。
唐沢に、今すぐ会いたい。
『俺に会いたい?』
電話越しでも私の気持ちを見透かしてくる彼に脚を止めると、手にしていたスマホに向かって声を上げた。
「アンタが会いにきなさいよ! 駆け付けるって言ったでしょ、責任持って私を迎えにきなさいよ!」
勿論もうこんな時間に新幹線なんてない。東京にいる唐沢にこんなことを言ったってどうにもならないことは私が一番分かってる。
そんな無理難題を突きつけた私に彼はなんて言うだろう。無茶って呆れてしまうだろうか。ごめんねって謝るんだろうか。
しかし、答えはそのどれでもなかった。
『亜紀さん、今どこ?』
「どこって、大阪に決まって…ん……」
私は目の前に広がる光景に言葉を失い、耳に当てていたスマホをゆっくりと下ろした。
視界に入っている駅の入り口からこちらに向かって歩いてくる男がいる。その男は私の前にまでくると通話が繋がったままのスマホを耳に当てながら不適に微笑んだ。
まさか、そんなことって……
「迎えにきたよ」
唐沢の声はスマホからではなく直接私の耳に届いた。