君のことは一ミリたりとも【完】
9 語る恋人
定時が過ぎ、周りの人たちが仕事を切り上げて帰る支度を進める中、PCの画面に映る新幹線の時刻表の羅列を眺めては溜息を漏らす。
「(気にしすぎだろうか。あの亜紀さんがそう簡単に心を許すわけがないし。それにあまり過保護になるとあの人嫌がるだろうから)」
先日告げられた亜紀さんが生瀬と大阪に出張に行くという話。面と向かって相談してきたところ、彼女自身も生瀬の行動に気になるところがあるのだろう。
生瀬の様子がおかしいことは先日の取材の時に感じていた。亜紀さんに向ける視線はどう考えても未練を断ち切れたようには思えなかった。もしあの時に煽ったことが原因で亜紀さんに何かがあったら俺のせいになる。
きっと生瀬は亜紀さんのことを本当の意味で愛していた。今の妻と別れて彼女と一緒になるつもりでもあったんだろう。
そうさせなかったのは生瀬が亜紀さんよりも自分の立場を優先したからだ。
そうやって亜紀さんを裏切って自分の幸せを掴んだくせに、今頃また亜紀さんに手を出そうだなんて許せない。
「あれ、新幹線なんか見てどっか行くの?」
「あぁ、どうしようかなって思ってる。竹村はもう帰り?」
「いや、もう一踏ん張り」
自動販売機で缶コーヒーを買って戻ってきた竹村はPCの画面を覗き込むと「え、平日じゃん」と声を漏らす。
仕事終わりに向こうに行くとしたらどれだけ早くても10時頃に向こうにつくことになる。もしそれまでに何かあったとしても俺は何も出来ない。
それでも、
「俺、自分のものを誰かに奪われるの嫌いなんだよね。奪略は好きなんだけど」
「クズかよ」
「だからどうしようかと思って。なんか嫌な気がするんだよね」