君のことは一ミリたりとも【完】
家族が嫌いなら優しくしないでほしかった。家庭を捨てるんなら尚更キツく当たってほしかった。
彼女は他人を選ぶことによって人を傷つける責任を本当に感じていたのだろうか。
それでも母親を恨みきれないのはきっと、自分が知る限り彼女から愛情を注がれて育っていたからだ。
「……でももう終わり、全部終わったから。生瀬さんに対して何の感情も持ってない」
「よくそこまで振り切れたよね。依存症の亜紀さんが」
「誰のせいだと思ってんの?」
「"お陰"、じゃないんだ?」
亜紀さんははぁと溜息を吐くと完全に寝る体制になったのか、布団を深く被って俺の声を遮る。
母親の影響から俺は軽く人を信じられなくなっていた。どいつもこいつも上辺だけで近付いてきていると思っていたし、反対に俺も人には上辺だけで接していた。
本音なんて、誰にも言いたくなかった。
それなのに彼女に対しては嫌われてもいいという感情があったために、素でぶつかることも多かったかもしれない。
「(だからか、変に安心するのは)」
自分を偽らなくてもいいから、心地いいのか。
「亜紀さん」
「……」
「もう一回好きって言ってよ」
亜紀さん、と呼び掛けるが返事がない。その代わりに寝息が聞こえてきたのでそっと体を起こして彼女のベッドに近付く。