君のことは一ミリたりとも【完】
亜紀さんは「どの口が言ってんのよ」と厳しい目を俺に向けた。でも一応彼氏ながら起こる権限はあるだろう。
俺の言葉に生瀬は深く頷くと「心に誓うよ」と慎重に口にする。言われたことは守る人間だとこの短い間だけでもこの人間の素性は知っているのでこれ以上疑いを持つことはなかった。
何はともあれ、一件落着ということか。
「じゃあ俺は帰るから、午後から仕事もあるしね」
「君はこのためにここに来たのか」
「ええまぁ、二度とこういうことがないと嬉しいですよ」
生瀬の皮肉発言にも皮肉で返すと「亜紀さん」と彼女の名前を呼ぶ。
強い眼差しの中に少しの不安が入り混じる瞳の色を見て、安心させるように優しく微笑んだ。
「また夜連絡するから。お仕事頑張って」
「……唐沢」
「またね」
もう何もないと分かっていてもこれ以上二人が一緒にいる状況を目の当たりにしていたら嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
軽く手を振り、駅の中へと足を進めていると背後から突然「唐沢!」と名前が呼ばれ、振り返ると彼女が生瀬に向かって頭を下げ、そしてこちらに走ってくるのが見えた。
亜紀さんは俺の前まで来ると息を弾ませながら顔を上げる。
そして、
「……あ、ありがとね」
「え?」
「その、来てくれて」